【ニュース】AIで新薬開発はどこまで速くなる?Anthropicが製薬6社との共同研究の成果を公表
Anthropicは2026年10月27日、AI「Claude」を使って新薬の開発を速める取り組みについて、途中経過を発表しました。数か月にわたって、新薬を開発する6つの組織と深く連携して研究してきたといいます。
新薬の開発は「10年以上かかり、成功するのはごく一部」と言われるほど、時間もお金もかかる仕事です。AIはその常識をどこまで変えられるのでしょうか。この記事では、各社の具体的な成果と、冷静に見ておくべき注意点を詳しく解説します。
3行でわかる今回のニュース
- Anthropicが製薬・バイオ企業など6組織と、Claudeを使った新薬開発の共同研究を実施
- 薬の設計、実験の計画、規制当局向けの書類作成など、開発のさまざまな段階でAIを活用
- 成果は印象的だが、ほとんどは人での試験より前の「前臨床」段階
そもそも新薬はどうやってつくられる?
ニュースを理解するために、まず薬ができるまでの流れを確認しておきましょう。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 1. 基礎研究 | 病気の原因を調べ、薬が働きかける「標的」を見つける |
| 2. 候補の設計 | 標的に効きそうな物質(低分子や抗体など)を設計する |
| 3. 前臨床試験 | 細胞や動物で、効果と安全性を確かめる |
| 4. 臨床試験 | 人で、段階的に安全性と効果を確かめる |
| 5. 承認申請 | 規制当局に大量の書類を出して審査を受ける |
どの段階でも、膨大な実験と書類作業が必要です。今回の取り組みは、主に2・3・5の段階でAIを活用したものです。
各社の取り組みと成果
Generate Biomedicines:がん治療をより強力に
がん治療法のひとつ「CAR-T細胞療法」は、患者自身の免疫細胞を改造して、がんを攻撃させる治療です。血液のがんでは効果を上げていますが、固形がん(臓器にできるがん)への応用は難しいとされてきました。
同社の6人の研究者は、Claude Codeを使って、治療に使う部品のより短い設計案を検討しました。その結果、標準より約70%短い設計が見つかり、実験では次のような結果が出たと報告されています。
- 免疫細胞がつくる受容体の数が約10倍に
- がん細胞をより効率よく攻撃
- より長く働き続けた
Divergence Labs:食物アレルギーの新しい治療へ
食物アレルギーには「IgE」という抗体が深く関わっています。Claudeは研究の目標を設計の計画に落とし込み、約3万5,000の抗体の設計案を生成しました。
最初のふるい分けでは、IgEにくっつく設計が3つ、IgEを引きはがす設計が20見つかりました。そのうち3つは、標準的な薬よりもIgEを引きはがす力が強かったとのことです。
BigHat Biosciences:抗体の候補を改良
Claudeを同社の実験データのシステムとつなぎ、2つの抗体の候補を改良する案を出させました。BigHatは約1,010種類の改良版を実際に試し、次のような成果を得ています。
- 一番よいものは、元の候補より10倍以上強く標的に結合
- 一方の候補は、元より18℃高い温度でも溶けた状態を保てた
- もう一方は、固まりにくさが100倍以上に改善
Enveda:書類チェックの時間が89%減
薬の製造や承認には、膨大な書類が必要です。Claudeは1,061ページの製造関連書類を確認し、次のような結果を出しました。
- 人のチェック担当者が見つけた11件の問題をすべて発見
- さらに7件の問題を追加で指摘
- 人がチェックにかける時間は、25時間超から3時間未満へ(89%減)
- 規制当局向けの書類の下書きは、手作業で約3か月かかるところを4時間で作成
The Column Group(Pleiades):少人数で多くの薬を開発
ベンチャー投資会社のThe Column Groupは、少人数のチームで多くの開発プロジェクトを動かす新会社「Pleiades」を立ち上げ、Claudeが支えています。最初のスキル(作業手順)として、薬の標的を評価する仕組みを45組の「標的と病気の組み合わせ」で試したとのことです。
Bristol Myers Squibb:臨床試験の成功確率を予測
大手製薬企業のBristol Myers Squibbは、開発初期の薬について、Claudeに臨床試験の計画を分析させ、成功の見込みを推定させています。この取り組みは始まったばかりで、2027年に拡大する予定です。
Anthropic自身も薬の開発に参加
注目したいのは、Anthropicが自分で薬の開発にも乗り出したことです。同社は、希少な筋ジストロフィー2種類の治療法を開発している1人の会社「Mithril Medicine」を買収しました。
Claudeは、11の外部の研究所との契約、物流、実験の調整を担当し、治療候補はアイデアの段階から、マウスでの有望な結果まで18か月未満で到達したと報告されています。Anthropicは、候補が今後も順調なら、早ければ2028年後半に人での試験に入れる可能性があるとしています。
冷静に見ておきたい注意点
成果は印象的ですが、次の点はきちんと押さえておく必要があります。
- ほとんどが前臨床の段階:細胞や動物での結果であり、人で効くかどうかはまだわからない
- 結果は自己申告:Anthropicと提携企業が自分たちで公表した数字で、第三者が検証したものではない
- うまくいかなかったことも:BigHatは、途中で評価の方法自体が適切でなかったことに気づき、やり方を変えたと説明されている
- まだ途中段階の取り組みも多い:Divergenceは2つの働きを組み合わせた薬をこれからつくる必要があり、Pleiadesも仕組みづくりの途中
薬の開発では、前臨床でうまくいった候補の多くが、臨床試験で脱落していきます。「AIで薬がすぐにできる」と考えるのは早すぎるでしょう。
何が「新しい」のか
それでも今回の発表には、これまでと違う点があります。
1. AIが「部分」ではなく「流れ全体」に関わっている
これまでのAI創薬は、「物質の形を予測する」など特定の作業に使われることが多くありました。今回は、設計案づくり、実験データの分析、書類作成、外部の研究所との調整まで、研究の流れ全体にAIが関わっています。
2. 研究者の「雑務」が大きく減っている
Envedaの例のように、書類作業の時間が大幅に減れば、研究者は本当に頭を使うべき研究に集中できます。AIの価値は、ひらめきだけでなく、時間の節約にもあることがわかります。
3. 小さなチームでも大きな研究ができる
1人の会社が11の研究所と連携して研究を進められたのは、AIが調整役を担ったからです。これは、大手製薬企業だけでなく、小さなベンチャーでも新薬に挑戦できる時代が来る可能性を示しています。
私たちにどう関係する?
すぐに薬が安くなったり、早く手に入ったりするわけではありません。ただ、長い目で見ると次のような変化が期待されます。
- 希少疾患の薬が生まれやすくなる:患者数が少なく、採算が合わないとして後回しにされてきた病気の研究が進む可能性
- 開発期間の短縮:書類作業や実験の計画が速くなれば、薬が患者に届くまでの時間が縮まる可能性
- 開発コストの低下:長期的には、薬の価格にもよい影響が出るかもしれない
編集部の見方
AIのニュースは、チャットや画像生成のような身近な話題が中心になりがちです。でも、AIが本当に社会を変えるのは、今回のような科学や医療の分野かもしれません。
一方で、薬は人の命に関わるものです。AIが提案した候補でも、人での試験を通じて安全性と効果を確かめるプロセスは省略できません。「速さ」と「慎重さ」をどう両立させるか。それが、AI創薬のこれからの課題になりそうです。